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忘れな草日記3

トワイライト・ゾーン専用ブログ。サークル「トワイライト・ゾーン」の最新情報や、雑記やお絵描きのページなどを公開していきます!
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(3,469)忘れな草をもう一度

    

 中島みゆきの「忘れな草をもう一度」。1982年のシングル「横恋慕」のB面の楽曲で、オリジナルのアルバムには未収録の楽曲です。この楽曲は、何度か日記でも書いたように、私、「忘れな草」という名前が突いたきっかけになった楽曲です。この曲なしに、忘れな草という名前はなかったと思います。


 過去の中島みゆきのシングルを集めたアルバム「Singles」という3枚組みのアルバムの中で現在はお耳に触れることができるのですが、現在ではwebを探せば、動画でいくつか転がっているものもあります。Youtubeでも、いくつか「忘れな草をもう一度」の動画を見つけたことがありますが、今回見つけたものは、なかなか秀逸なモノじゃないかと思います。楽曲のイメージと登場する風景などが見事に重なるものがあります。



 そういえば、初めて「忘れな草」という名前を使ったのは、G'sの文字投稿の時からでしたか…。2004年の暮れのこと。幸いその後の、文字ネタ投稿でしばらく投稿を続けて、掲載もなされたのですが、文字投稿での掲載も思った以上に長く続かず、ボツが続く日々…。初めて投稿を出したときから、一度もペンネームも変えずに今日まで来ていますね…。

 文字ネタで投稿していた時期は2005年から2006年の上半期ぐらいと非常に短い期間でしか誌面に登場していないのですが、文字ネタの人のイメージが定着しているというのも、ありがたいものです。投稿しなくなった後に絵で同人をやっていくこと(誰も私が絵で同人に来るとは思わなかっただろうし)になってから、投稿が縁で始まった交流もあり…。文字ネタも捨てたもんじゃないな…と思ったこともありました。

 古いG'sはまだ全部残っているはずなので、もう一度投稿していた時期のG'sを改めて見返してみないと正確にいつまで誌面にいたのかというのもわかりませんが…。2007年にはもう誌面からは消えていたはずですし…。絵を描き始めたのが2007年9月なので、そのときに久しぶりの投稿と意気込んで、絵を描いてボツを食らっているもので…。



 そういえば、ここ最近毎月、G'sを買わなくなってしまって、しばらく遠ざかっている(せしなさんの扉絵の号は買った)のですが、ぼちぼち投稿のほうもちょっと復活してみようかななどと思っています…。しばらく離れているうちに、読者コーナーの担当も変ってたし、ここで今度こそ絵のほうで投稿に戻ることができれば…とじわじわ思うところがあります。

 もう3,4年ほど投稿からも遠ざかっているし…。ある意味では「初投稿」でも通るんじゃね? と思うほど読者ページ自体も世代交代しているし…。昨年末のコミケ3日目の後、源氏丸さんと、私が持ち込んだしーちゃんの扉絵の号(2004年12月号)を見ていて、その当時から今でも現役の投稿者さんを探すことのほうが難しかったですから…。



 とりあえずは、コスカ原稿がひと段落すれば、手短に葉書に絵を描いてみることにします。細かいサークルカットに直接描けるのなら、葉書なんざまだ描き易いものです。ちょっと再起をかけてみようと思うところです。「忘れな草をもう一度」。誌面にもう一度…。

   (1,299文字/書き下ろし)

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(3,464)安全地帯、完全復活!!

 連絡はないけど 元気でいますか?
 好きだったあの声 耳に残ってる

  あなたに出逢えた この喜びを
  いつまでも 忘れない 
  あなたを愛してる…


 安全地帯の「出逢い」。2002年から2年間の期間限定で活動を再開したときに復活第一弾シングルとしてリリースされたこの曲。2002年の楽曲で、私が高校二年生の時。そのころから私が安全地帯が好きで、往時の「碧い瞳のエリス」や「悲しみにさよなら」「ワインレッドの心」などなどよく聴いていたときに、降ってわいた、安全地帯の再結成の話…。リアルタイムで安全地帯に触れることができるという悦びを感じずにはいられませんでした。

 そのときにリリースされたアルバムは2枚。「安全地帯IX」と「安全地帯X -晴れのち雨-」。珍しくCMでタイアップした曲も多く、「X」に収録された、「ショコラ」は当時のグリコのアーモンドチョコレートのCMに玉置さんが出演していたのをよく覚えています。最新盤として、店に並ぶものが多く、過去の盤を探していたこともありましたが、都会ではなかなか見つからなかったものです。

 実際に、オリジナルアルバム10枚とそのほかアルバム未収録曲を集めた盤(現役で活動していた頃の盤)などを大学に入ってから鳥取で総て見つけることができ、何度もお耳にかかり、今に至ります。もう5年も前のことになる訳ですが…。

 

 2年間の期間限定で活動していた後、いずれはまた再結成を…と望んでいたものですが、今日つい今さっき知った事実。

 3月3日に、安全地帯としてシングルが出るということ。しかも再び、古巣のユニバーサルミュージック(かつてのキティレコード)からの復活ということで、非常に楽しみにしています!

 今回の新曲「蒼いバラ」、新たにユニバーサルミュージックで開設されている、webサイトで流されているのですが、聴いた感じ、ものすごく1980年代のスーパーバンド時代の個人的には非常に好みのタイプの楽曲です。「マスカレード」とか「ワインレッドの心」のような、情熱系のバラードが心地いい楽曲にも思えます。


 そうなれば、近々アルバムも出るんじゃないか…と期待をしています。安全地帯としては11枚目のアルバムとなる訳ですが、1980年代の頃を髣髴とさせる盤になるといいなあ…などと思っています。すごく楽しみにしています。

 

 とは言っても、玉置浩二さん…。安全地帯としての玉置さんはとても好意的に受け止められるのですが、ソロになるとやっぱり微妙に感じてしまうのは気のせいでしょうか…。玉置のソロでもいい楽曲があるにはあるんですけどね…。何かイマイチ、ピンと来ないというか…。

 昨年は、4度目の再婚で、ふたたび石原真理子と結婚したかと思いきや、1年持たずに離婚という汚点もあるし…。昨秋ごろから、安全地帯としてのレコーディングを始めていたそうで、離婚がきっかけに活動を始めたのではないか…? と勝手な憶測をしてしまうのですが…。

 とはいえ、6年ぶりの完全復活となる、安全地帯をますますリアルタイムで触れることができるようになると言うのはとてもうれしいものです。今後にとても期待を寄せています!

  (1,218文字/書き下ろし)

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(3,366)夢の跡

    
 村下孝蔵さんの「夢の跡」。1982年のシングル「夢の跡」ならびに後にアルバムの表題曲ともなる楽曲。「初恋」がヒットする前の楽曲とはいえ、曲のもつ雰囲気や世界観は一貫していたこともあって、この「夢の跡」に収録されている10曲は、村下さんの楽曲をいちばん味わい深く楽しめる盤だと思います。事実、「90ページの日記帳」や「帰郷」といった楽曲のように、郷愁味溢れる、村下さんの世界観がいちばん強い盤と言えるでしょう。
 
 
 ここ最近は、来生さんの楽曲は何かがあったらよく聴いていたり、他は、Earth,Wind & Fireだとかを聴いていたりで、村下さんの楽曲からは、ちょこっとまた、遠ざかっていたのですが、昨日、一昨日ぐらいのミクシィのボイスで、村下さんの「初恋」のお話が出てたので、それをきっかけに、昨日から村下さんの楽曲だけをシャッフルで聴いています。
 
 一時期、距離を置いてしまうことが多くなってしまって、いつでもびったり彼の楽曲を聴くようなことは、それほど多くはなくなってしまったものの、逆に、村下さんの楽曲は、ある程度時間を置いて、再び耳にすると、以前にもまして心が動くようなことが多いんですよね…。
 
 村下さんのデビューアルバム「汽笛がきこえる街」の帯の言葉にあるような「忘れかけた郷愁を歌に託して…」というのが、本当にその言葉の通りのようにも聞こえてくるものです。
 
 
 高校時代の2002年の6月下旬。ラジオを聴くことが多かったそのとき、ラジオから流れてきた、村下さんの「踊り子」で改めて、「初恋」の他にもこんなにいい楽曲があるとは!! と言う衝撃を受けたことがきっかけで、アルバムを集めて、全集「夢の記録」を買い…。高校時代に飛びぬけてずっと聴いていた歌人でした。今でも、聴くことはあっても、たまに聴くからこそ、逆に味があるのを再確認できる…何度でも最初のあの感動のような、感情が沸くことがここ最近、村下さんの楽曲では多いです。
 
 「夢の跡」もこれも何度も何度も以前から聴いている楽曲。愛媛県の松山が舞台になるこの楽曲は、町並みの風情とともに、寂しい感情を郷愁味あふれるメロディと詩で織り成されているステキな一曲…。
 
 と言うよりも、村下さんの世界観がいちばん溢れるアルバム「夢の跡」は、是非ともアルバム全体で聴いていただきたい一枚ですね…。
 
 
 このほかにも、毎年、村下さんの命日に合わせて、彼の楽曲に合わせた記事を書いて来ていますが、そこにも、Youtubeの動画ですが、楽曲に触れることが出来ますので、そちらもよろしければ、是非…。mixi日記の(3,106)~(3,114)の5本(2009/06/22~26)の記事がそうです。
 
 …急逝されて、10年が経っている訳だし、私も村下さんの楽曲に聴きほれてからも、もう7年…。あっという間に過ぎ去ってしまったような感じです。時の流れは徒です…。

 (1,135文字/書き下ろし)

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(3,358)美しい女



 サヨナラは言わないで 去ってくれ
 いつか何処かで会える日の為に

 愛とはときにはそっと 背中を見送ることだ
 お行きよ 美しい人 
 男は離れても愛に生きられるものだよ
 あなたを see you again…
  
 来生たかおの1981年の楽曲「美しい女」。来生たかおの名を一躍スターダムに押し上げた「夢の途中」(薬師丸ひろ子に提供した「セーラー服と機関銃」に詩をリメイクしたものに改題した楽曲)のシングルB面の楽曲。

 後にアルバム「夢の途中」に収録されることになるのですが、現在は来生さんのアルバムはほとんどが絶盤となっている中、今でも唯一生産・発売されている盤となってしまいました。「来生たかお大全集」という21枚組みのCD-BOXの他に、盤を手に入れることが出来ない今、貴重な盤と言っても過言ではないでしょう。



 この楽曲もそうですが、こういう感じの楽曲は、個人的には非常にストライクゾーンであるがゆえに、「来生たかお大全集」を借りたほどなのですが、この頃の楽曲って、やっぱり詩に意味があって、郷愁味があって、すごく琴線を心地よく触れてくるものがありますね。

 来生さんの楽曲もそうですが、村下さんの楽曲のうち、ほとんどがこういう郷愁を思わせる切ない楽曲です。こういうのを長く聴いて来ていると、にぎやかな楽曲というのが、受け入れ難くも感じてしまいつつ…。こうしたひと昔前の、暖かくも胸に響く楽曲は個人的にも大好きです。

 詩のようなこういう経験は、限りなく少ないものの、しょうがなく離れてしまうことになってしまった女性に未練があっても、そっと見送るような光景は、男の視点から見ても、格好いいですね…。メインパートがピアノの弾き語りなのが、さらに切なさを感じさせる一曲です。

 

 レコード化されているものの、こちらの方が、非常に貴重な音源の「美しい女」。CD化されることなく、しかも45回転のLP盤という、珍しい形態で出された盤に収められたテイク。この編曲も凄く心地よく感じます。来生さんの楽曲も3年近く聴いていますが、初めて聴くテイクです。こういう隠れたアレンジテイクがあったとは…。

 (777文字/mixi日記「(1,140)美しい女(2009/11/24)」を転載)

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(3,331)紫の桜 -紫綬褒章-

  中島みゆきの「紫の桜」。2002年のアルバム「おとぎばなし -fairy ring-」に収録されている楽曲ですが、みゆきさんの楽曲にしては、こうした雅なイメージがある楽曲というのも、珍しいものです。それでも、中島みゆきの楽曲のひとつのテーマでもある「輪廻転生」を詠んだ一曲。

 (※オリジナルは、もっと雅な楽曲ですが「夜会」バージョンでやっぱりすごい手が込んでる(笑))

   

 桜 桜 200年前に 桜 桜 見たものを話せ
 桜 桜 果てしなく前に 桜 桜 見たものを話せ…


 配っていた、11月2日の朝刊で第一報を知った、中島みゆきが紫綬褒章を頂いたというお話。中島みゆきファンの私としては、このニュースはうれしくも感じました。とはいえ、まだまだ50代後半だし、この時期で紫綬褒章というのも、ちょっとまだ早いのではないかとも思ったりもしたのですが、みゆきさんのコメントが、受賞する気満々で「棚から本マグロ」であっさり受賞してしまって…。

 みゆきさんであれば、「まだまだやれる自信があるので、いただけません」と言うと思ったのですが、「アザミ嬢のララバイ」でデビューして以来34年間の音楽活動に対する、多大なる評価のひとつとして、紫綬褒章もありなんかな…と個人的にはいろんな解釈をしています。

 

 23歳、大学院生の私が、中島みゆきを真剣に聞くようになったのも、親の影響によるもの。小学生のときに、母がよく聴いていたアルバム「親愛なる者へ(1979年)」がきっかけで、その頃当時、ドラマ「聖者の行進」の主題歌だった「命の別名(1998年)」が印象に残っていて、刺さるものがあり、衝撃を受けたものです。

 「命の別名」に関しては、ドラマで使われたシングルテイクとは別に、「わたしの子供になりなさい(1998年)」のアルバムテイクのほうが、訴えかけるものは非常に大きいです。忘れてはいけないものを取り戻すようなそんな楽曲。主題歌だったドラマの影響もないとはいえませんが、「命の別名」はすごく強烈に印象に残ったものです。

 それ以降、みゆきさんのアルバムは、ほぼすべて聴いたことがありますが、まだ初期の盤で耳にかかれていないものが少しあるほどです。カラオケの中島みゆきの楽曲のほとんどはやろうと思えば、どんなのでも行けます。この時点でもう、歳相応ではないような感覚なのですが…。

 中島みゆきというと、「わかれうた」や「うらみ・ます」「悪女」というような楽曲に代表されるように「暗い」「陰湿」だとかと言うイメージが強いのもこれまた確か…。最近では「地上の星」や「宙船」のようなガナリ立てる強烈な印象もあって、すっと入り込める楽曲というのが、見つかりにくいのも確か。たまたま、ドラマや番組でタイアップした楽曲がヒットして、万人受けするようなものが、逆に光るものがあって、多くの人に受け入れられているのがほとんどじゃないかと思います。


 中島みゆきが好きな人でも、アルバム「生きていてもいいですか」を目を背けずに聴けるようになれないと、なかなか強烈なイメージを受け入れることは難しいでしょうし…。私も「生きていてもいいですか」はなかなか耳にかけることが怖かった一枚だったし、中島みゆきの真髄が垣間見える盤でもあり…。

 デビューして34年、私の人生以上に今でも第一線で活躍されている、中島みゆきの楽曲に心を震わせ、紫綬褒章に満足されずに、今後も更なる活躍を期待しつつ…。少なくとも、現役でいらっしゃる間に、1回ぐらいは、コンサートや、「夜会」にも行って見たいものですが…。(特に「夜会」はチケットもなかなか手に入らないプレミアムものだとも聞きますし…)

 (1,464文字/mixi日記「(1,128)紫の桜 -紫綬褒章-(2009/11/08)」を転載)

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(3,265)Friday Night Fantasy

 タイトルだけでは、想像がつかないこの楽曲。今では流れなくなってしまった、「金曜ロードショー」のかつてのテーマですね。タイトルこそ知りませんでしたが、一度は見聞きした覚えがあるのではないでしょうか? 少なくとも私もリアルタイムで見ていた覚えがあるので、10年ほど前、水野晴郎が出てきてたころまでは流れてたんじゃないかと思います。
 
   
 実際に放送されていた「金曜ロードショー」のOPがYoutubeに何本かアップロードされていたのですが、フルコーラスのものもいくつか最近になって出てきていました。
 
 「たそがれ」がいちばん似合う楽曲だと思うのですが、見つけて見た途端に懐かしい気分になりました。今思うと、音楽といいこの映像といい、これほどまでにマッチしているのはなかなかないですよね。たそがれ時のアメリカの西海岸を思わせるような海と主旋律のトランペットの哀愁漂う音色がとても心に響きますね…。
 
 ちなみに、「金曜ロードショー」のオープニング中に出てくる、たそがれに映えるパーマの人物(?)の後姿を見ていると、やっぱり、南こうせつに見えるんですよね…。南こうせつさん本人じゃないのか? と言う噂もあるようですが、真相は藪の中。
 
 
 楽曲のタイトルは「Friday Night Fantasy」。ピエール・ポルトオーケストラの楽曲ですが、あまり詳しくはありません。ただ、日テレが金曜ロードショーの放送を始めるに当たって、依頼して曲を書かせて出来た楽曲だということは聞いたことがあります。今、改めて見聞きして、本当に懐かしい気分になります。

    (651文字/mixi日記「(659)Friday Night Fantasy (2008/04/25)」を加筆修正)

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(3,114)西陽のあたる部屋

 今週は月曜日から続いてきた、村下孝蔵さんの命日を挿んだ特集記事も今日で最終日です。その最後と言うことで、どの曲を持ってこようかと思ったのですが、比較的早い段階から耳にしていた楽曲で、気に入っているアルバム「恋文」からご紹介しようと言うことで、「西陽のあたる部屋」を…。

   

 日ごとたまった新聞のように
 積み上げられてく昨日 捨てられずに 

  お前抱いてた日々の終わりに 始まった愛に
  郵便箱に届いた 秋は薄い便箋…

 1988年のアルバム「恋文」より。この盤は淡い紫色を背景にして、紫がかった雄大な大地を印象させるような山並みの写真のジャケットが印象的で、早くから手に入れたかった盤だったこともあって、すぐに買いに走ったのを覚えています。これと同時に、「名もない星」も欲しかったですが、このときにはもうホールドアップの状態で、最後の最後まで手に入れることが出来ていません…。淡い色遣いのジャケットで、いい盤なんだろうな…と思っていましたが、それも予想通りの秀逸な盤です。

 「恋文」と言う盤には、「西陽のあたる部屋」の他、「寒椿」「弟」「かず君へ」「交差点」といったような楽曲が非常に好みです。全体的に「恋文」のサウンドは、いかにも80年代後半のちょっとノスタルジックで秋の心寂しさを連想されるものが多くて、「西陽のあたる部屋」は特にそういうものを感じます。晩夏から秋というところの季節でしょうか…。確かに1988年10月にリリースされているだけに、発売時期に合わせて…というコンセプトでしょう。「恋文とは届かぬ心である」という帯の言葉も印象的です。


 郷愁を感じさせる楽曲も多々あるものの、どれも捨てがたいのですが、こういった切ないわかれうたというのは、村下さんにかかればいろんな情景を描き出しているのが、ステキなところです。「西陽のあたる部屋」は、男性が次の女性とお付き合いを始めたその日に届いた別れの手紙で、前の女性を振り返るという情景ですが、貧しさや、どうしようにも無い理由で破局を迎える男女の恋歌は、自身にそういう経験が無くても、どこか胸にキュンと響くような…そういう想いにさせられてしまいます。村下さんのメロディラインといい、詩といい、唱法がそうさせてしまうのです…。

 この情景に似たような楽曲として、連想できるのは「帰郷」「私一人」というような楽曲が近いかもしれません。郷愁深くて、何処と無く背景に夕焼けや朝焼けを印象させる楽曲というと、この2曲は印象的。そもそも、アルバム「夢の跡」(1982年)に収録された「夢の跡」「離愁」「90ページの日記帳」などなどすべての楽曲が、いずれも秋の寂しい情景や黄昏の印象が強いですね。「夢の跡」も穂等にステキな盤ですから…。オススメです!


 こうして、1週間にわたって、発信してきた村下孝蔵さんの10回目の命日に合わせての特集記事もこれでおしまいです。長らくお付き合いいただきましてありがとうございました。皆さんにもまた何処かで彼の楽曲に出会える機会がありますように…。

                                   (1,179文字)

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(3,112)この国に生まれてよかった

 

     

 湯の町 門前の境内 城跡 漁火よ
 岩清水に触れ 石畳 川をながめ

  この国に生きててよかった 美しい風の国で
  地平線の緑色 見つめていこう

  この国に生まれてよかった 美しい君の国に
  ただ一つのふるさとを 二人歩こう

 紅葉の山並み 青い空 白いうなじに映る
 遠い夢なら この国でかなうように

 遠い夢なら この国でかなうように……


 村下さんの数ある楽曲の中でも、いちばんのお気に入りがこの楽曲。1991年にシングルでリリースされた後、翌年のアルバム「名もない星」に収録された、「この国に生まれてよかった」。この当時、わさびのテレビCMにも起用されていて、こちらもYoutubeで何気なく見つけてしまったのにも感動をしたほどです。

 彼の楽曲には、日本情緒の趣きを歌った楽曲というのは、たくさんありますが、まさに日本という美しい国に生まれ、美しい風景、美しい女性、美しい趣き……といったものを詰め込んだ、珠玉の一曲だと思います。聴いているだけでも、和の情景、日本の故郷の原風景が浮かんできそうな…穏やかで暖かい和の心が印象的です。

 昨日の記事にも上げているように、長らく「名もない星」というアルバムは生産中止でホールドアップの状態でした。オリジナルの盤が手に入らないということで、20周年記念アルバム「同窓会」のなかに、収録されたもので私も聴くことができたものです。「名もない星」が手に入る今、盤を手に入れればいいのですが、手に入れることが難しかった盤だっただけに、この曲に出会ったのは、高校を卒業して、大学生になった最初の4月のことでした。

 それまでにも、和の情景を村下さんの繊細に描き出していく曲が多かったし、タイトルからも、「きっとすごく日本の情景をステキに描いているんだろうな…」と思っていた楽曲だったので、初めて耳にしたときは、とっても感動したものです。何回も何回も繰り返し聴いていたのを良く覚えています。初めての独り暮らしということもあって、心が落ち着いた曲です。

 2005年の七回忌のときに、中国放送(RCC)の七回忌追悼番組のときには、ラジオ電波を拾えたので、「この国に生まれてよかった」を、忘れな草でリクエストしてメールを送ったら、そのメールを読んでいただいたこともありましたっけ…。やはり私だけに限らず、「この国に生まれてよかった」がいちばん好きな人はとても多いんですよね。これだけ日本の原風景を美しく描いた曲は、なかなかありませんし…。

 この曲もカラオケでやったことが何度もありますが、村下さんの楽曲はカラオケでは難しい楽曲が多いので、「この国に生まれてよかった」も難しい曲の一つです…。それでもこの楽曲が好きなので、満足できるような唱法ができるといいんですけどね…。美しく表現できるのも、村下さんの魅力ですから…。


 ライブでも晩年は、よく歌われていたと「同窓会」のライナーノートで見たことありますが、この楽曲のライブテイクも何処かには音源として残っていたら、盤にしてお披露目して欲しいなあ…とは毎度毎度思っています。村下さんも「いい日旅立ち」のような楽曲を目指したそうで、そういう情景もあって、いいですよね…。この楽曲は、私の中ではいちばん好みです。
  
                                        (1,163文字)

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(3,110)踊り子 -村下さんの命日に寄せて

 今からちょうど10年前、村下孝蔵さんは逝去されました。残念ながらリアルタイムで彼の楽曲を聴いたことがない人間ではあるのですが、6月24日の命日というのは、やはり思いもひとしお強く抱いてしまいます。これまでにもブログをはじめてからは、七回忌、そして毎年この時期には特集記事を組んで、彼の楽曲をいろんな角度から紹介し続けてきました。これまでにも書いたことのあるお話になりますが、よろしければお付き合いください。

 そして、例年どおり、広島の中国放送(RCC)ラジオでは、今年は命日に合わせて、21時までの追悼番組を放送されています。しかしながら、広島からそう遠くない鳥取とは言えども、山陰放送(BSS)ラジオや韓国や首都圏の電波(ニッポン放送(LF)やラジオ日本(RF)など)との混信するために、RCCの電波を拾うことが出来ません…。うまく行けば聴けるはずなんですが…山を越えてくる30KWの電波は届かず…今年もウォークマンの楽曲を連続して村下さんの楽曲で今日一日過ごしていました。


 今日は、村下さんの命日ということで、代表曲の一つ、「踊り子」をYoutubeの動画を貼り付けてご紹介します。

       
 1983年のアルバム「初恋 -浅き夢みし-」に収録された楽曲。ちょうどこの年にシングル「初恋」をリリースしており、彼の楽曲の中では最も名の知れた代表曲となりましたが、その次のシングルとしてリリースしたのが「踊り子」。「初恋」とは違い、若い男女の爪先立ちの不安定な恋を描いた楽曲ですが、こちらが村下さんらしさがよく出てる代表曲だと思います。


 私が、村下さんの楽曲を大好きになり、ずっと今に至るきっかけを作ったのも「踊り子」でした。2002年6月、私が高校二年生のときのことですが、その当時テレビよりもラジオを聴くことが多くて、毎日放送(MBS)の土曜日の昼のリクエスト番組 (傾向としてはオールデイズがメインでした。土曜日の昼下がりのAMラジオを聴くような年齢層というのは、30代以上の方が多いのでしょう) を聴いていて、命日が近づいているということで、村下さんの楽曲をリクエストされていて、かけた楽曲が「踊り子」だったという訳です。

 その当時から、村下孝蔵という名前と彼の代表曲に「初恋」があるというのは知っていましたが、それ以外は全く知らず、フルコーラスを初めて聴いた「踊り子」にとても感動を覚え、「なんて詩の表現といいメロディラインといい、穏やかな声…こんなに素晴らしすぎる曲だったなんて…」と思ったのです。それからすぐに実家の近くのTSUTAYAでレンタルでベスト盤「林檎と檸檬」を借りてきて、村下さんの楽曲にのめりこむように毎日毎日聴いていました。高校にもCDウォークマンと彼の盤を持っていて、行くところ何処でも持っていって聴いていたものです。

 一通り、ほぼすべてのアルバム盤は持っていますが、つい最近まで、生産中止だった「名もない星」、絶盤になっていた「野菊よ僕は…」はまだ手中にはありません…。名曲がかなり揃っている盤がホールドアップ状態で、ずーっと探し続けていたころもありました。一枚一枚のアルバムを聴き込んで行くごとに、彼の楽曲がどの曲も心の琴線を心地よく振るわせてくれて、初めて聴くはずの楽曲なのに、すっと迷いも無く入っていけるし、時には涙したり…。高校生だった当時でも、村下さんの楽曲でこんなにも心を奪われてしまうとは思わなかったのです…。


 彼の楽曲を敬愛するようになって、7年…。リアルタイムで彼の楽曲に触れることが出来ず、逝去されてから、彼の楽曲を敬愛する若い年齢層も次第に増えているというのを良く聞きます。mixi の村下さんの初心者コミュニティには、初心者と名がつくものの、比較的若い年齢層の方も多くいらっしゃいます。亡くなってから評価されるようになったのは、寂しい限りですが、今もこうして時折、スポットライトが当たるようになったのも、村下さんの楽曲を敬愛する多くの方々がいることに尽きるのでしょう…。人柄の穏やかでステキな人だと聞いていますし…ライブのMCなんか聞いていても、すごく柔和な話し方をされてますから…。

 もし、今もご存命だったら、56歳になっているはずなのですが、遺作になってしまった「同窓会」や晩年の楽曲にさらに深みを増した、哀愁あふれる切ない楽曲や、郷愁あふれる幽玄、日本情緒あふれる、わびさびの趣き…を清らかな日本語で丁寧に歌っているんだろうな…などと想像してしまいます。ギターのテクニックもそんな知識が無くても、聴いていても非常に素晴らしいものがありますし…。私もリアルタイムで村下さんの楽曲が聴きたかった一人です。命日から10年がたって、改めて時の流れの速さをも感じながらも、色あせることのない彼の楽曲を、私の中にも、世の中にも留めて、歌い、語り継いでいきたいものです。


 今年の命日に寄せて…。           忘れな草

                                  (1,965文字)

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(3,108)花ざかりの森

 


 されど寂しき 鐘の音がなる
 街はもう 花ざかり……

 1984年12月にリリースされた5枚目のアルバム「花ざかり」の最後の楽曲として発表された「花ざかりの森」。一見、タイトルだけを見ると明るい華やかな楽曲の印象も受けられるかと思うのですが、実はそうではなくて、曲調は暗いです。低い雲が垂れ込めてきそうな楽曲ですが、この楽曲も、日本的な情緒が随所に見つけられる極上の一曲だと思います。

 詩の中にも、紫陽花、宵待草、紫の名もない花……自然の情景から人の心情を描き出す詩は、どの曲にも良く見られるものですが、この曲の中で、破れた恋を洗い流すという意味で表現されている、「波が乱れ 岩を砕き 水を濁していく」というフレーズが個人的には印象的。こういう表現の巧さも、村下さんならではなんじゃないかな…と思います。

 「恋路海岸」でも見られるように、京都で恋に破れ、北国へとやってきた女性を描いているイメージがこの楽曲にもあるような気がします。空の暗いイメージが楽曲から感じられるのですが、冬の日本海を思い描いてしまうようなそんな世界観を感じてしまいます。そして、砂丘というキーワード……。さらに突っ込むと、冬の鳥取のイメージとも重なるような気がするのです。もうこの曲もだいぶ長いお付き合いになりましたが、そういうイメージはよく感じてしまいます。


 「花ざかり」のジャケットも、薄紫色のきれいな背景に、ちょっと哀しげな花ざかりの情景を描いた切り絵になっています。このジャケットのイラストと印象としてはよく合っていたりもするものです…。切り絵に描かれている女性も切なそうな表情をしてますし…。リリースされたのが12月というのも、この楽曲によく合っているような気もします。


 哀しげな印象を持つ楽曲も、中島みゆきみたいに絶望的な印象を持たせるのではなくて、ところどころで、日本人的情緒(例えば、「わび」や「さび」の趣き)を散りばめられていて、そういうところを聴くたびに、心のどこかに感動を呼び起こすようなそんな楽曲がほとんどです。よく似た情景を夏の青々とした海を印象させる「珊瑚礁」と迷った今回の紹介記事ですが、かつて「珊瑚礁」を紹介したこともあったので、今回は、冬の日本海のイメージがある「花ざかりの森」を…。


 日本語をこんなにも美しく表現し、それを巧く表現できる歌人はなかなかいないと思います。そんな彼を失ってしまうのは、やっぱり寂しいものです…。明日は命日…。ちょうど10年ですね…。

                               (1,000文字)

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